「どうして、あいつを学校へ連れて来ないんだ」
今でも、腹立たしい思い出があります。
私が新米教員の頃、担任していた生徒の一人が、
学校へ来られない時期がありました。
私は家庭訪問をして
保護者の方にも本人にもこう伝えました。
「行きたくないっていう本音をよくぞちゃんと出してくれましたね!
ものすごく大事なことだと思います。」
ところが、この時の学年主任の方は、そんな私にこう言ったんです。
「どうしてあいつは何日も学校へ来ない!なんでお前は、あいつを学校へ
連れてこないんだ!」
「今、彼にはこの時間が必要なので担任として無理に連れてくることは
すべきでないと判断しました。」
指導力も皆無と思われている新米の私が
主任にこういうことを言うのは
非常に勇気のいることでした。
けれど、この判断は今も
正しかったと思っています。
「朝起きられない理由が、気持ち以外に
身体の方にもあるかもしれませんね。」
そう保護者の方にお伝えしていたら
ちゃんと病院に連れて行ってくれて
「起立性調整障害」が発覚しました。
急激に成長した身体に血流が追いつかず、
朝、身体を起こすことが困難だったのです。
少しずつ回復して進路の悩みも解決し
卒業するときにお母さんから、
感謝の手紙をいただきました。
「あのとき息子が学校へ行けないこと
母親の私もちゃんと子育てしてないと
責められているようで辛かったから
先生が受け入れてくれて救われました」
私は新米教師として
決して指導力ある教員ではありませんでした。
けれど、この一言は、短い教員生活の中の
私の誇りの一つです。
そして「あいつのために」とか「ちゃんとさせてやろう」とか
間違った愛情や指導は
とんでもない「暴力」となり得ると、
自戒も込めて思うのです。
(あれが本当に善意かはわかりませんが)
善意であれば、認識が誤っていても
「いいことをしている」はずはないのです。
やはり、正しい事実認識の上に
適切な判断が成り立つのです。
ベテラン教員でありながら
生徒を強制的にでも登校させることが
正しいと疑わない方も残念ながら存在します。
そんな状況では、子どもたちも、保護者の方も、
新米教員たちも、追いつめらていきます。
私も彼のもとでその翌年、
様々な不適切な指導を受けて
気分障害(うつ病)と診断されて休職することになりました。
少なくとも正しい制度理解と、
子どもたちの心身の声に正しく耳を澄ましていく知見が、
教師はもちろん保護者にも必要ですね。
「学校へ行くのが正しい」
「教師の言うことが正しい」
そう信じ込む必要はありません。
しっかり子どもの声に耳を傾けて
その子にとって何が必要かを考えていきたいですよね!
「義務教育」は「子どもの義務」じゃない!
改めて確認しておきたいのが、
「義務教育」という言葉の定義で、
「子どもは学校へ通う義務がある」と
誤解されていることがよくあります。
「不登校」を「悪いこと」のように語る
原因となっているこの誤解のために、
子どもの自殺が助長されているとすれば
まずここは絶対に解いておきたい誤解です。
日本における「義務教育」の定義は、
子どもたちの「学ぶ権利」を保障して、
保護者がその保護する子どもに対して
「9年間の普通教育を受けさせる義務」を負っているのです。
子どもにあるのは「学習権」という「権利」であって
「義務」ではないのです。
そして、保護者の「義務」は、
「普通教育」というものの「内容」を保障するということであって、
必ずしも「学校」へ通わせることが
義務なのではありません。
子どもの「学習権」への「要求に応える」ことが
「保護者の義務」だということです。
そして、その社会的な「機会を保障」するのが
「国や政府の義務」なのです。
一人一人の子どもにとっての
「その子の能力に応じて」「安全で適切な」
「教育を受ける機会」を提供する義務です。
ということは、子どもが「死にたくなる」ほど
苦痛を感じている場合において、
その「学校」が「安全で適切な」機会と
言うことができるでしょうか?
むしろ、このような場合に、
無理やり学校へ行かせることこそ「子どもの学習権」の保障からは
離れていくのではないでしょうか?
何より、子どもたちの「命」より
優先されるべきことなどないはずです。
「学校へ行くのは、義務じゃないよ」
「あなたは安心な場で学ぶ権利があるよ」
大人たちはみんなで周りのすべての子どもたちに、
必ずこのことを伝えてあげましょう!
私も息子に、こう伝えています。
息子はいつも苦笑いして聴いてますが。
「明日から学校が始まるけれど、行くかどうかを含めて
あなた自身が決めていいんだよ。
学校へ通うことはあなたの権利だから」
少なくとも法的には、
「子どもは学校へ行かなくてはいけない」
などとは定められていません。
これを言い出すとすれば、
大人側の不勉強であったり、
都合や理想の押し付けなのです。
学校ではない「行き先」を地域に!
だからこそ「不登校の子の居場所」などという
上から目線な話ではなくて、
現状、子どもたちの学習権が
しっかり保障されていくためには
現在の義務教育学校だけでは
あまりにも不完全なのです。
日頃努力されている学校や先生方を
総まとめにして「悪だ」という気は毛頭ありません。
今後も多くの子どもたちの学ぶ場として
少しでもいい場になっていくように
先生方も行政も地域の大人たちもみんなで
努力をしていく必要があります。
けれど、そこへ行くことが
命すら奪う場となっていることが
いまの実態としてあるのですから
子どもをそこだけに追いやることを
社会全体として見過ごすわけにはいかないでしょう。
どこの地域にも、学校や公的な場以外に子どもたちが
安心して学ぶことができる場が必要です。
多種類、複数ある方がいいでしょう。
まずは、明日から始まる新学期に、
「学校へ行こうと思えなかったら、
ここへきたらいいよ」
そう表明してくれる場があったなら、
子どもたちや保護者の方がどんなに心が楽になるかと思うのです。
ぜひ、各地でそのような場ができていく流れを後押ししたり、
「うちもいいよ」と受け入れるような
主体の一人になっていただければ嬉しいです。
地域の中のもうひとつの学校「山里楽耕」
わが家、「山里楽耕」は百姓であり、
体験型の農家民宿でありキャンプ場であり、
持続可能な生き方を創造し次世代の担い手を育成していく学校です。
「土地と絆と人生を、楽しく耕そう!」
というコンセプトで「楽耕」という字で
学校の意味も掛け合わせて屋号をつけています。
まだオルタナティブスクールや
市民立学校などとして本格的な活動は
できていないですが、
「今日は学校じゃなくて、
田畑や里山で学びたいです」という相談があれば、
地域のスクールサポーターとして
子どもたちを受け入れることは充分可能だと思っています。
少しずつオルタナティブスクールや
市民立学校も地域にできてきています。
どうか無理してでも学校へと思いつめず
困ったら相談してくださいね!
コミュニティで仲間と一緒に解決していきましょ!
本日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
それでは、また!
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